「カララの白大理石」として訳される「BIANCO CARRARA」は、 今や世界中で用いられているイタリアの代表的大理石です。
カララ地域には「Forte dei MARMI:力強い大理石」と呼ばれる地名があり、そこには大理石の原石を運ぶ男たちの姿が、ビアンコカララを用いた彫刻像として飾られています。
力強い男たちの像は今も黙して語らず、イタリアでも有数の避暑地として有名な「MASSA CARRARA」の海を目指しています。

不思議なことに、この他の大理石も含めて、それらの丁場(採掘場)には、必ずと言ってよいほど「良質のワイン」の産地がつながっています。VERONAから始まる「SOAVE街道」には、あまりに有名な「BOTTICINO:ボティチーノ」から始まり、ペルリーノビアンコ、ロッソマニャボスキ、フィオールディペスコなどの丁場が並び、トスカーナワイン(キャンティなど)の街道には、「BIANCO CARRARA」からアラベスカート、スタチュアリオなど日本でも有名な多くの石材採掘場が続きます。そしてさらに良質なワインが南イタリアの「PERLATO SVEVO」から始まるセルペジャンテ、ヌボラートなどの丁場に沿って産出されます。


「罪深き人々よ。山を掘り、その重き石をわが礎とすべく、日々働く事をせよ。」 かつてローマ法王は、捉えられた罪人たちにこう呼びかけました。 イタリアの教会は、その大半が基礎を大理石で築いています。これらはすべて、かつての罪人たちを使って運ばせた大理石から作られています。現在のように重機のないはるか昔、最も美しく、最も強固な建築材は石材でした。その美しさと強さを権力の象徴である教会に用いる事で、歴代法王は地位と名誉を現実のものとして表してきました。そしてそれらを掘り出し、運び、積上げる作業を全て罪人にさせてきたのです。法王は、罪深き人たちに対し、勤労をもって罪を償わせることを選びました。が、一方でその罪人たちに唯一の至福としてワインを与え続けたのです。もちろん、そのワインも彼ら罪人が自ら耕し、培った土地に種を蒔き樹を育てることで得られた貴重なものでした。
